大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)7210号 判決 1972年10月13日
原告
山田勝重
右訴訟代理人
石川元也
外三名
被告
日本通運株式会社
右代表者
沢村貴義
右訴訟代理人
永沢信義
外二名
主文
一 原告が被告との間に雇傭契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は原告に対し(1)別紙第一賃金等目録上欄記載の金員および右各金員に対する同目録下欄記載の日よりそれぞれ上欄記載の各金員支払ずみに至るまで年五分の割合による金員および(2)昭和四七年六月以降毎月二五日限り金八八、二一八円ずつを支払え。
三 原告その余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は全部被告の負担とする。
五 この判決は前記二(1)項につき原告において仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一当事者間に争いのない事実
1 原告が昭和三一年七月九日通運業務を営む被告会社に臨時運転助手として採用され、以来、大阪支店車両課に所属して昭和三二年一〇月一日運転助手に、同三三年六月一六日自動車運転手となり、同日以降貨物自動車の運転に従事していたこと、そして、昭和三五年四月から、三国集荷所に、同年六月以降、翌三六年五月七日まで船場荷扱所に所属し、貨物自動車に乗務して主として駅出作業、集荷作業等に従事していること
2 被告会社がおおむね請求原因三項1ないし3の理由にもとつづき昭和三六年五月八日原告を体職に処する旨の通告を、さらに翌昭和三七年六月一六日原告を同月一五日をもつて解職に処する旨の通告をそれぞれ原告に対しなすとともに昭和三六年五月二四日休職中の賃金として金一四、〇〇〇円を原告に支給したが、それ以外については昭和三六年五月九日以降賃金等の支払をしないこと
以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二原告の所為と解職されるまでのいきさつについて
1 前記当事者間に争いのない事実と<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
(一) 原告の乗務する貨物自動車は大阪市大淀区中津南通り二丁目所在の被告会社大阪支店車両課中森車庫(別紙図面中赤三角点で表示した個所)に格納されていたので、原告は前記期間中毎朝定時に右中津車庫に出勤し、所定の車両に助手とともに乗務して配属先に直行し、配属先で指定された一日の作業行程(駅出作業や集荷作業)を終了すれば再び中津車庫に帰庫して車両を格納することとなつていた。被告会社では自動車運送を主体とする業態から業務の安全と効率的な運用を図る趣旨で新規に運転手を採用した場合でも、直ちに車両の運転に従事させずに、ある期間同一作業場に勤務し、かつ、業務に習熟している先任の運転手が乗務する車両に陪乗させ、積荷の取扱方法、駅出作業や集荷作業の要領など業務内容と、併せて走行道路の交通状況の把握や梅田貨物駅等特定の作業場に至る経路などを指示修得させていた。とくに、中津車庫は業務の起点であり、かつ、終点であるところから、同車庫を中心とした三国集荷所、船場荷扱所に至る経路やこれら作業場あるいは同車庫から梅田貨物駅に至る経路については著るしい交通渋滞など特別の障害がない限り近路で幅員も広く、走行上の危険性も少ない別紙図面の被告主張のようなA線、C線を一般的に走行すべきものとされ、原告もまた運転手として運転業務に従事する以前の相当期間先任運転手の車両に陪乗して右運行経路を走行し、右経路が被告会社貨物自動車の一般的走行経路であることを指示され修得していた。しかるに、原告は三国集荷所に配属期間中昭和三五年四月中旬ごろから梅田貨物駅から中津車庫への帰路に際し日本共産党機関紙「アカハタ」を受け取るため被告会社に無断で夕方週一回程度で運行経路外であるB線を走行してその沿道にある関西合唱団(国民救援会事務所)(別紙図面中青色四角点で表示した個所)に寸時立寄り、また、船場荷扱所に配属された昭和三五年六月中旬以降も昭和三六年四月初めごろまでの間中津車庫から梅田貨物駅に赴く際や帰庫の際などに前同様の目的で午前中平均にして週二、三回程度の割合で右B線を運行して前記合唱団に寸時立寄り、他方、昭和三六年一月ごろから同年四月初めごろまでの間前記「アカハタ」を配達するため梅田貨物駅や船場荷扱所から中津車庫への帰庫途上に運行経路外であるD線を走行してその沿道にある浜田富男方住居(別紙図面中青色三角点で表示した個所)に夕方平均にして週三回程度の割合で寸時立寄つていた。
(二) ところが、原告が右立寄行為継続中の昭和三六年三月二九日ごろ当時、原告の車両に陪乗し、業務を共にしていた助手加地正己が大阪支店車両課配車係長牧野忠治に対し、原告が荷物の積卸しの際などに助手に非協力的であり、また私用で立寄りをするため作業量が少くなり、ひいては支給される歩合高も減少するから他の運転手と組替えて貫いたいと苦情を訴えた。右苦情によつて原告の立寄行為を知つた被告会社は原告に対し格別の注意を与えることをせず、なお慎重を期してその行為を確かめる一方、過去において原告と業務を共にしたことのある数名の助手達のうち三名から原告の立寄行為の実態などについて事情を聴取し、かつ、同年四月二二日ごろこれら三名の助手達からそれぞれ業務期間に応じた原告の立寄行為の頻度、所要時間等について記した報告書(乙第二六号証の一ないし五)の提出を受けた。右報告書によると、助手田中雅夫(乙第二六号証の五)は昭和三五年四月一五日以降同年六月一五日までの間原告は毎週土曜日の午後五時三〇分ごろの約一〇分間にわたつて前記合唱団に立寄つていた旨報告し、また、助手鷹木正男(乙第二六号証の一、二)は昭和三五年六月一七日以降同年八月一二日までの間原告は数日置き位に前記合唱団に前後一〇数回にわたつて約一〇分間位立寄つていた旨報告し、助手加地正己(乙第二六号証の三、四)は昭和三六年三月二四日以降同年四月四日までの間原告はほとんど連日の午前と午後の二回にわたつて約一〇分ないし二〇分位それぞれ前記合唱団と浜田方住居に立寄つていた旨報告した。なお、原告は自ら寄道していたことを認め、かつ被告会社の要請に応じて顛末書を提出することを了承した(その後昭和三六年五月九日付で原告が提出した顛末書には、昼食後に車輛整備等のため中津車庫に帰庫の途次「アカハタ」購入のため牛丸町に立寄つていた旨記載されている)。そこで、被告会社はこれら資料により原告が昭和三五年四月以降約一年間、およそ連日にわたり午前と午後の二回乗車勤務中私用のため指定経路外を運行して前記二個所に立寄つていたことは事実で、かつ、その所為は就業規則第八四条の懲戒事由に該当し、また諸般の情状において懲戒処分に値するものと判断し、昭和三六年五月八日原告を懲戒権者である大阪支店長の諮問機関として設置された懲戒委員会の審査に付するとともに、被告会社と原告が所属する全日通労働組合との間に締結された労働協約第四七条第七号、第四八条の規定を適用して原告を同日付をもつて休職に処し、あわせて休職期間中(右協約第四八条第三項により、懲戒委員会の審査が終了した後記昭和三七年六月五日まで)の賃金については同協約第五〇条第一項本文の規定を適用して支給しないこととした(もつとも、被告会社は昭和三六年五月二四日原告に対し組合の要請により基準内賃金の一カ月分として金一四、〇〇〇円を支給した)。
(三) 懲戒委員会は昭和三六年五月一六日を第一回期日として以後、第六回期日の同年一〇月一一日に至るまで開催され、審査を重ねたが会社側委員は労働協約第六六条(就業規則第八四条)の規定に該当し懲戒解職を相当とする意見を主張したのに対し、組合側委員は労働協約第六五条(就業規則第八三条)の規定に該当し、訓戒程度の処分が相当である旨主張して譲らず意見は同数に分れ、双方の意見は調整する余地がなかつたので、懲戒委員会は右第六回期日をもつて意見不調のまま答申せざるを得ない事態となつた。しかし、その後組合は昭和三六年一二月七日会社側委員の主張する懲戒規定の解釈、適用について組合上部機関の指導を要請するためと、組合内部の意見調整をすることを理由として被告会社に対し大阪支店長への答申の留保を申入れ、会社はこれを諒承し、以後、右留保が撤回され懲戒委員会が再開された昭和三七年五月八日までの間およそ約六ケ月委員会は審査を中断した。その間右組合は上部機関の指導を受けるなどした結果、組合内部の意見調整をみた。そこで、中断していた懲戒委員会は前記昭和三七年五月八日第七回が、次いで五月三〇日第八回を開催し、ここで、原告の所為は労働協約第六六条(就業規則第八四条)に該当するとの点については基本的な意見の一致をみたが、処分内容につき会社側は、懲戒解雇を、組合側は情状を酌量して解職以外の処分を主張して意見の一致がみられないまゝ、最終期日である第九回昭和三七年六月五日の委員会において、つぎのとおり委員全員が確認するに至つたとして、「原告の行為は労働協約第六六条(就業規則第八四条)に牴触する。会社側委員は懲戒解雇処分を相当と判断し、組合側委員は情状を酌量して謹慎または左遷処分が相当であると判断する。」旨大阪支店長に対し答申した。
(四) 右答申を受けた被告会社大阪支店長は昭和三七年六月一六日、同月一五日付をもつて原告を、その将来を考慮して就業規則第七〇条第一〇号を適用して普通解職にすることとし、原告が右解職を諒承する場合には休職期間中の所定の賃金ならびに所定の退職慰労金を支給する旨通告した。
以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。
<証拠>を総合すると、原告は右立寄行為を聞知した藤井分会執行委員から昭和三六年四月初ごろ会社がこれを重大視していることを告げられるとともに厳しく諭されたこともあつて、以後立寄行為を中止し、被告会社に提出した前記顛末書(乙第九号証)にも、「より道については十分反省し以後一切行つて居りません」なる文言を記載したことが認められる。<証拠判断省略>
2 原告は、原告ら運転手は正規の休憩時間に休憩することができないので、運転手の判断で就業時間中に適宜休憩をとることが許されており、原告の立寄行為は右休憩時間の一部利用として煙草などを買い求める行為に類するもので、職場慣行として許容されていた旨主張する。しかしながら、<証拠>によれば、被告会社では運転手が乗務の性質上規定どおり休憩時間に休憩をとることができない場合が職場によつては時に見られたけれども、その際原告主張のように運転手の判断で右休憩の時間を就業時間中に適宜分割してとり、全体として調整することは規則上はもとより、職場慣行としても許されていなかつたこと(休憩時間に偶々接着して予定の作業が終了した場合とか、あるいは休憩時間に作業時間が喰い込んだような場合、所定休憩時間をずらして調整することがありえたことは別として)が認められ、<証拠判断省略>。また、<証拠>によると、運転手の中には時に就業時間中運行車を使つて私用を果すため寄道した者がいたことが窺われるが、すでに認定したとおり原告の所為は、たまたま私用を果すために寄道したものではなく、予め一定の目的のもとに反覆継続して恒常的に運行経路外を走行して私用を果していたものであつて、業務従事中に時折運行経路沿道上の販売店などで煙草などを買い求めるような社会通念上容認される類の所為と同一視できる性質のものではないから、原告の所為をもつて職場慣行上許容されていたとする原告の主張は採用できない。
三原告に対する休職処分と休職期間中賃金等不支給とした措置の効力について
1 <証拠>(労働協約書)によると、労働協約第六三条は組合所属の従業員に対する懲戒は懲戒委員会の諮問を経て行う旨規定し、同協約第四七条は「従業員がつぎの各号に該当するときは休職を命ずる。ただし第一号および第四号から第七号までの場合は情状により休職を命じないことがある」と規定し、第七号は懲戒委員会の審査に付されたときをもつて休職事由とし、さらに、同協約第四八条において、右第七号の規定による休職期間は、その事件が懲戒委員会に係属する期間とする旨定めている。
2 ところで、原告は、原告につきなんら職場秩序をみだす行為がないことが明白であるにもかゝわらず被告会社において懲戒委員会の審査に付した点で、本件休職処分はその前提要件を欠き無効であると主張する。前記労働協約ならびに就業規則(成立に争のない乙第五号証)が従業員の懲戒の種類と懲戒の事由を定め(労働協約第六四条、第六五条、第六六条、就業規則第八二条、第八三条、第八四条)、懲戒の手続として前記のように懲戒委員会の諮問を要すると定めていることからみれば、前記休職事由にいう「懲戒委員会の審査に付せられたとき」とは当該従業員に就業規則所定の懲戒事由に該当するとの点につき一応客観的な資料による嫌疑があることを必要とすると解すべきであるが、本件において、被告会社が懲戒委員会の審査に付した原告の前記事実に関し判断の資料とした助手達の報告書など前認定の諸資料は一部正確性を欠くことはすでに説示したとおりであるけれども、これらは、原告が乗務作業中私用を果すため約一年間にわたり反覆継続して指定経路外を運行していたとの事実を一応裏付けるにたりるものであり、また、その所為はその態様等にかんがみ一応就業規則第八四第第三号の懲戒事由に該当する疑いありと解する余地が十分あるので、被告会社がこれら客観的嫌疑にもとづき懲戒処分相当として原告を懲戒委員会の審査に付した措置は相当である。したがつて、原告の右主張は理由がない。
3 そこで、原告に休職を命じた被告の措置の適否につき判断する。懲戒委員会の審査に付されたことを理由とする休職は、懲戒処分の先行措置として、同委員会の審査中従業員の意に反して業務から暫定的に排除するものであるうえ、<証拠>によつて明らかなとおり、右休職期間は原則として勤続期間に算入されないし、(第四九条)賃金も原則として支給されない(第五〇条第一項本文)ことからすると、右休職は従業員に著るしい不利益を与えるものであり、また、懲戒委員会は懲戒の公正を期するため設けられたものであつて、懲戒処分の確定前にあつては、従業員の身分上の処遇につき必要以上に不利益が課せられるべきものでないことからしても従業員を懲戒委員会の審査に付したことを理由として休職を命ずるには右休職制度が設けられた趣旨目的にてらし、懲戒処分未確定の段階において、なお、当該従業員を暫定的にせよ業務から排除することを必要とするに足りる合理的、客観的理由がなければならないものというべきである。すなわち、右休職制度の趣旨、目的は懲戒委員会の審査に付した当該従業員を懲戒処分未確定とはいえ、その審査期間中就労させることによつて会社経営上の妨げとなるような事態を招来することを可及的に回避するための予防的措置を講ずる点にあつて、懲戒処分に先行する暫定的措置にすぎず制裁としての懲戒処分とは本来性格を異にするものと解すべきである。したがつて、右休職が許容される合理的客観的事由としては、懲戒委員会の審査に付された事由が、情状からみて相当重大な懲戒事由に該当し、それに相応する懲戒権の発動が予想せられる場合において、右事情から、当該従業員を審査期間中就労させても正常な労務の提供が期待できないとか、当該従業員を就労させることによつて他の従業員に好ましくない影響を与えて職場秩序をみだすおそれがあるとか、あるいは企業の信用を失墜するおそれがあるなど同人を業務から暫定的に排除することを止むを得ないとするにたりる理由がなければならないものと解するのが相当である。いま、本件についてこれをみるに、先きに認定したとおり、たしかに、原告は休職に処せられる以前の昭和三六年四月初めごろに立寄行為を中止し、以後同種行為を再発する懸念はなかつたといつてよいが、懲戒委員会の審査に付せられた原告の所為は業務と無関係になされたものではなく、乗務従事中に反覆継続してなされた非違行為であつて、原告主張のように事案軽微なものとはとうてい認め難いうえ、<証拠>から明らかなとおり、被告会社は大阪支店だけでも原告と同一職種に属する従業員を数百名も抱え、これら従業員の大部分は貨物自動車に乗務して運送業務に従事することから、一旦作業場を離れると被告会社においてその職場規律の維持を確保することは技術的に諸種の障害を伴い困難であり、専ら個々の従業員の規律ある良心的行動に依存しなければならない特殊な業態であるから、原告の前記所為の態様は、職場秩序維持の観点からみて、被告会社としてはこれを放置し得ないものというべきである。のみならず、助手達の中には現に立寄行為をする原告と業務を共にすることを嫌い被告会社に組替えを要求した者がいたことをも考慮すると、被告会社が右行為につき懲戒委員会の審査に付せられている間原告をそのまゝ就労させた場合に生ずる従業員に対する悪影響など職場秩序に与える支障を予め回避するために原告を休職に処したことは必要かつ止むを得ない措置とみるのが相当であり、被告会社が労働協約第四七条柱書の但書を適用せず、原告を休職に処した点に裁量を誤つた違法のかどはない。
4 そこで進んで、右休職期間中の賃金(一時金を含む、以下同じ)請求の当否について検討する。原告は休職期間中の賃金につきこれを支給しない旨規定した前記労働協約第五〇条第一項本文の規定は労基法の賃金支払保障に関する規定に牴触する無効のものであると主張するので、先づこの点につき判断する。<証拠>(労働協約書)によれば、労働協約第五〇条は休職期間と賃金との関係につき、本件の第四七条第七号の休職事由の場合、休職期間中賃金を支払わないと定めるとともに基準内賃金の全部または一部を補償することがある旨規定している。しかしながら、使用者が労働者の就労を拒否し賃金債務を免れるためには使用者の責に帰すべからざる事由にもとづくことを必要とすることは民法第五三六条第二項、労基法第二六条から明らかである。したがつて、右協約の規定が、従業員において懲戒委員会の審査に付されたことを理由として休職を命ぜられた場合、このことから形式的一律的に賃金を支給しない旨を一般的に規定した趣旨と解するならば、右協約の規定は、この点で前記労基法の賃金支払保障の強行規定の趣旨にもとり無効となる筋合であるが、協約の規定は可能な限り合理的、かつ、有効に解するのが協約締結当事者の意思に副う所以であり、右協約の規定は前記休職を命ずるにいたつた事由が会社の責に帰すべからざる事由に該当する場合に限つて、会社は賃金の支払を免れるものとし、賃金支払債務を負担する場合にその範囲を基準内賃金の限度において会社の裁量に委ねる趣旨のものと解するのが相当であるから、前記労働協約第五〇条の規定をもつて無効であるという原告の主張は採用できない。
そこでさらに、原告に対する前記休職を理由とする就労拒否が被告会社の責に帰すべき事由によるものか、否かについて検討する。
前認定のとおり、前記休職制度は、懲戒的色彩を有するものではなく、懲戒委員会の審査に付せられた従業員を懲戒未確定の段階とはいえ、懲戒委員会の審査中同人を就労させることによつて、企業の対外的信用の職場秩序に与える悪影響を予防するために、一時的に当該従業員を職務から遠ざけるものであり、また、前記懲戒委員会設置の趣旨機能にてらしても、懲戒処分が決定されるまでの間従業員は本来諸般の処遇上十分保護されるべきもので、いやしくも懲戒処分前の暫定措置たる機能を有する前記休職に制裁としての機能を付与する結果となつてはならないことはいうまでもない。先きに判断したとおり、原告に対する本件休職自体が是認せられる理由は、同人を審査期間中就労させることにより職場の他の従業員に与へる悪影響を予防する点に求められ(原告から正常な労務の提供が期待できないとか、あるいは同人の就労により被告会社の対外信用を失墜させるおそれがあるとかの事情は本件でこれを肯認するに足りる証拠はない)のであるから、原告が懲戒委員会の審査に付せられたこと自体は、同人の非違行為に起因するとしても、本件で同人を休職処分に付してその就労を拒否するにいたつたのは、結局被告会社の職場秩序の維持すなわち、企業経済的配慮に由来するものとみるのが相当であるから、前記休職の事由は、被告会社の責に帰すべからざる事由に該当するものとは直ちに断じ難い。
もつとも、前認定のように、懲戒委員会の審査が約一年間の長期にわたり、その間原告の休職期間が長引く結果になつたが、右事態は組合側委員が組合上部機関等との意見調整のため被告に対し答申の留保を申し入れた結果、一時審査が中断したことに起因したもので、被告会社の責任とすることはできないけれども、このことは懲戒委員会の運営に関する問題にほかならず、被告会社も組合の右答申留保の申入れを承認したものである以上前記判断に影響を与える性質のものではない。
そうすると、被告は原告に対する本件休職によつては、その間の賃金支払債務を拒否できない筋合となるが、前記のとおり前記労働協約第五〇条は、右賃金支払債務の範囲を基準内賃金の限度内で被告の裁量に委ねているものと解すべきところ、使用者の責に帰すべき休業の場合に労働者に対し最低限度平均賃金の一〇〇分の六〇に相当する手当の支払を保障する前記労基法第二六条は本件休職の場合にも適用があるものと解するのが相当であつて、前記協約の定める賃金支払債務の範囲についての裁量は、右労基法第二六条の定めに牴触する限度(基準内賃金の全部または一部の支払が平均賃金の一〇〇分の六〇を下廻る場合)において無効のものといわねばならない。
よつて、昭和三六年五月九日以降昭和三七年六月五日に至る間の原告の休職期間中の賃金等請求は原告の休職前の平均賃金を基礎とし、その一〇〇分の六〇に相当する金額の範囲内で正当とすべきであり、しかして、その金額は後記賃金の項で判断するとおりである。
四本件解職処分の効力について
1 本件解職は普通解職事由を規定した就業規則第七〇条第一〇号の「その他重大な事由があると認めたとき」なる規定を適用した普通解職であるが、<証拠>や冒頭で認定した事実関係から明らかなとおり、本件解職は原告の所為が懲戒規定である就業規則第八四条第三号、第八号、第九号(第八三条第三号に該当しその情状が重いとき)にそれぞれ該当し、情状の点で懲戒解職に相当するけれども、本人の将来を考慮し退職金等の支給等で有利な取扱いとなる(乙第五号証退職慰労金規程第八条)前記就業規則第七〇条第一〇号の規定を適用して普通解職に処したもので、実質的にこれをみた場合本件解職は懲戒にほかならない。
しかして、他方、前記就業規則(乙第五号証)によると第八二条は懲戒の種類として譴責、減給、謹慎、左遷、解職の五種を定め、第八三条に謹慎、減給、謹慎、左遷事由を、第八四条に謹慎、左遷、解職事由を列記していることを合わせ考えると、かかる解職が就業規則上正当として是認されるためには原告の所為が前記懲戒事由のいずれかに該当し、かつ、情状の点でも職場秩序維持の観点から原告を終局的に被告会社より排除するに値するもつとも重い情状を必要とするものといわなければならない。けだし、このように解さず、本来、実質的には懲戒解職に他ならないものは普通解職としてそれへの転換を容易に是認すると、せつかく就業規則等で懲戒解職の事由を限定し、その手続を厳正かつ慎重にし、もつて従業員を安易な懲戒手続の運用から保護しようとした規定の趣旨が没却されるからである。
2 そこで、以上の見地から、まず原告の所為が被告会社が主張する就業規則第八四条第三号、第八号、第九号(第八三条第三号に該当し、情状が重いとき)所定の懲戒事由に該当するか、否かについて検討する。
(一) <証拠>(就業規則書)によれば、就業規則第八四条第三号は「職務上の指示命令に不当に反抗し事業場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」をもつて懲戒事由として規定しているが、右規定にいう「不当に反抗し」とは職務上の指示命令に従わないことについて従業員の態度が強固で反抗的である場合をさすことは、もとよりいうまでもないが、これに限定すべきものではなく、当該従業員が職務上の指示命令の正当性を認識し、あるいは認識し得べき事情にありながら、正当の理由なくあえてこれを無視し、積極的に右職務上の指示命令に反する態度、行動に出た場合も包含するものと解するのが相当である。ところで、原告はA線、C線が一般的な走行経路で被告会社従業員は交通障害等特別の事情がない限り業務の安全、効率的な処理からも右経路を運行すべきことを業務修習課程において修得指示されていたにもかかわらず、あえて、右運行経路を無視し、私用を果すために右運行経路外であるB線および、D線の走行を長期にわたつて反覆累行したもので、原告の所為は業務上の指示命令を正当の理由なしに無視し、これに反する積極的な態度、行動に出たものといつて妨げないから、前記就業規則上の業務上の指示命令に「不当に反抗し」た場合に該当するものというべきである。なお、原告の所為が右就業規則上の「職場秩序をみだし、または、みだそうとしたとき」に該当することは先に前段三の体職の効力につき判断したところによつて明らかである。
よつて、原告の所為は就業規則第八四条第三号に該当するものである。
(二) <証拠>によれば就業規則第八四条第八号は「業務に関し会社をあざむく等故意または重大な過失により会社に損害を与えたとき」をもつて懲戒事由として規定しているが同条補則は「本条第八号は主として業務上の不正事故、たとえば背任、横領をいう」旨規定している趣旨からすると、本条は故意または過失により会社に損害を与える行為のうち、とくに業務上の背信行為ないし欺罔行為などの不正行為により会社に損害を与えた場合を独自の懲戒事由としたものと解される。しかして、原告の所為は私用を果すためになされた点で自己の利益を図つたものといえるが、一面それは被告会社のため乗車勤務として梅田貨物駅と中津車庫間の運行たる一面を有するものであるから横領行為とはいえないし、また、原告が本件所為に及ぶについて、とくに被告会社を欺罔した事実は証拠上認められない点で詐欺にも該当しない。しかし、原告が運行経路の指示に従わずC線に比し迂回路となるD線(このことは<証拠>から明らかである。なお、B線はC線と距離的に格別の差はない)を継続的に走行したことによつて、被告会社が多少なりとも、自動車の燃料を余分に消費し損害を蒙つたことは否定できないが、原告が迂回路となるD線を走行したのは昭和三六年一月ごろから同年四月初めごろまでの約三カ月間で、それも、週三回程度にすぎないうえ、D線の迂回の程度もさして著るしいものでないことは前掲検証の結果によつて明らかであり、それに、<証拠>によれば、懲戒委員会の審査過程では原告のD線運行によつて被告会社が蒙つた損害の点はまつたく論議の対象とされず、被告会社も、とくに原告の車両の燃料消費量が他の車両に比し異常に多量であると考えていなかつたことに照らせば、原告がD線を迂回したことによつて被告会社に与えた損害は極く僅少なものと推認され、その損害の程度は未だ本号に該当するものとして問題視すべきものではないと解するのが相当である。その他、本件に顕われた証拠を検討してみても、原告の所為が本号に該当すると判断するにたりる事実を認めることはできない。
(三) <証拠>によると、就業規則第八四条第九号は「前条(第八三条)の各号の一に該当し、その情状が重いとき」をもつて懲戒事由と規定しているところ、被告会社は原告の所為は同規則第八三条第三号の「許可なしに会社の物品を持出し、または、持出そうとしたとき」に該当し、その情状が重い場合にあたると主張する。しかし、右規定にいう「物品持出し」とは会社が占有し、あるいは従業員が会社のために保管している物品につき一時的にせよ無断で会社の支配を排除し、排他的に支配したことを指称するものと解されるところ、原告の所為は私用のために僅かな廻り道をしたにすぎず、その間未だ被告会社の自動車に対する支配を一時的にせよ排除し、もつて、原告の支配下におさめたものとはとうていいえないから、右条項は原告の所為につき適用されるべきものではない。
3 以上検討したとおり、原告の所為は、就業規則第八四条第三号の懲戒事由に該当するが、前認定のとおり就業規則第八四条は懲戒処分として懲戒解職以外に情状により謹慎または左遷に処することがある旨規定しているから、原告に対する本件解職処分が是認されるためには原告を解職以外の軽い処分に処する余地のなかつたこと、換言すれば、原告の所為が重大かつ悪質で、情状酌量の余地がなく、原告を企業から終局的に排除するに値する程度の情状の存することを必要とするものというべきである。
(一) そこで、右の見地から原告の情状について考えてみる。
(1) 原告は私用を果すため長期にわたつて指定経路外のB線、D線の走行を反覆累行したものであるが、前認定の事実関係に弁論の全趣旨を総合すれば被告会社が運行経路を指定したといつても、それは専ら業務の効率的運行と安全の見地から、なかば慣行的に走行すべきものとされた経路で、交通事情など走行時の道路状況によつては運転手の合理的裁量により他の路線を適宜走行し得るもので、バス路線のように指定経路外を走行することによつて直ちに企業の信用や経営に支障を及ぼすおそれのある性質のものではない。それに、<証拠>から明らかなように、原告が走行したB線、D線は指定経路であるA線、C線にほぼ並行していて、いずれも梅田貨物駅と中津車庫間に位置し、しかも、B線はA線やC線と比較しても、梅田貨物駅や中津車庫に至る距離においてほとんど差はなく、A線の車両幅輳時には、むしろB線の一部を通つてA線に出る車両もあつたし、また、D線は指定経路であるC線より迂回路となるけれども、迂回の程度もさしたるものではなく、C線の交通状況によつてはD線を迂回して車庫に帰庫する車両もあつた。もとより、原告のB線、D線の走行は私用を果すための継続的な運行である点で、交通状況などによる迂回と異ることはいうまでもないが、前記のような運行経路指示の実態やB線、D線の位置、状況などを勘案すると、梅田貨物駅から中津車庫への帰庫、あるいは同車庫から同貨物駅への出向に関する限り、原告のB線、D線の運行は業務処理の面も有するものであるから、それが私用を果すための継続的な立寄行為である点を参酌しても、未だ運行目的をまつたく逸脱したものとはいえない。もつとも、<証拠>によると、B線は指定経路であるA線に比較して幅員も狭く、とくに、B線中国鉄用品庫より北へ通ずる道路は当時は未舗装で有効幅員も一段と狭くなつていたうえ、右道路からA線に出て中津車庫へ行くためには右道路の北端にある三叉路を直角に右折しさらに、済生会病院横の道路を逆に左へ約三三〇度旋回しなければならず、しかも、当時のB線は現在のように一方通行ではなく、対面通行で原告は、車長6.85メートル、車幅2.240メートルの大型貨物自動車を運転してB線を走行していたことを考えると、幅員の広く幹線道路であるA線を走行した場合に比較し、交通事故に至る危険性がより高度であつたことは否定できず、運行の安全性を目的とした経路指定の趣旨にも反するものであつたが、約一年間にわたつてB線を走行したにもかかわらず、幸い原告は無事故で経過したことは弁論の全趣旨から明らかなところである。
(2) 右のような諸点に加え、原告の立寄行為は被告会社の業務処理に対してはもとより、陪乗の助手に対しても経済的に格別の損害も与えていないのでる。(迂回路運行による燃料消費の点が懲戒事由として問題視すべきものでないことは既に判断したとおりである)。すなわち、<証拠>によると、原告は貨物自動車に乗務して一日数回にわたつて集配および駅出作業に従事していたけれども、原告の立寄行為はすでに認定したように、所要時間にしていずれも寸時に等しく、その頻度も多くて平均週三回程度であり、しかも、原告が走行したB線、D線、とくにD線は指定経路であるC線に比較してさしたる迂回路とならない(B線がA線に比較して迂回路とならないことはすでに説示したとおりである)もので、<証拠>に徴するも、原告の立寄行為が原告の一日の作業行程に影響を与え、ひいては業務を阻害し、その能率を低下させたとは認められない。加地助手は原告の立寄行為によつて作業量が低下し、支給される歩合高も減少するといつて被告会社に苦情を訴えたことは先に認定したとおりであり、たしかに、当時の被告会社における従業員の賃金は運送した貨物の重量等によつて支給高が左右される、いわゆる歩合給制度に依拠し、しかも、助手の歩合高は運転手に支給される歩合高に比例していたので、一般的にいえば、その支給額は運転手の稼働能率による作業量に左右される仕組になつていたことは<証拠>により明らかである。しかし、他方、これら証拠によれば、現実における歩合高は稼働能率よりも、むしろ、配属された作業所における業務内容の種類等によつて左右される度合の方が大きく、作業能率による歩合高に対する影響は、その能率が極端に低下したような場合は格別、本件のような立寄時間が寸時に等しい場合はほとんどないといつてよいことが認められるから、加地の前記苦情は原告の助手に対する非協力の点を除いては採用するに値しないものである。
なお、原告と業務を共にした助手の交替の頻度は他の運転手より多く一年間に九名の多きに及んだことは<証拠>に照らし明らかであるが、この事実が果たして原告の立寄行為に原因するものであるかは証拠上明白とはいえないから、右事実から、直ちに原告の所為が被告会社の事業経営に支障を与えたものとは断じ難い。
(3) 業務従事中約一年間という長期にわたつて指定経路外を運行し私用を果たしていた原告の所為はそれ自体責められるべき性質のものであることは多言を要しないところであるが、原告が右行為が発覚した後も、依然として立寄行為を経続していたとする被告の主張が認められず、原告が被告会社から明確な注意もしくは警告を受ける以前に、立寄行為を中止し、一応反省の態度を示していたことは先に認定したとおりである。それに、<証拠>を総合すると、原告は一部の運転手が時折被告会社の車両を私用のために使用して寄道していたのを見聞したところから、本件程度の立寄行為はそれ程違法なものとは考えず、いわば、公然と長期間にわたつて立寄行為を継続していたものであることが認められ、この点原告に規範的意識の欠除を窺わせることは否みえないとしても、前記のような運行経路指定の趣旨とその運用の実態をも合わせ考えると原告が長期間にわたつて立寄行為を継続したからといつて、被告会社が主張するように一概に著るしく悪質なものといいうるか疑問としなければならない。
(二) 以上検討したところによれば、被告会社が多数の運転手を擁して職場秩序の確保に技術的に困難な運送業務を営んでいる業態の特殊性からして、原告の所為に対し、職場秩序の確立のために厳格な態度をもつて臨まんとしたことは十分諒とせられるところであるが、他面前認定のように原告の立寄行為は自己の利益を図つたものとはいえ、前記運行経路指定の趣旨とその運用の実態からみれば、運行目的を著しく逸脱したものとはいえず、立寄行為も長期にわたつたとはいえ、その所要時間はいずれも寸時に等しくそのため被告会社の企業経営にさしたる支障損害を与えるものではなかつたうえ、原告が被告会社に発覚後は直ちに立寄行為をやめて一応の反省を示していた点など諸般の情状をしんしやくすれば、原告の前記懲戒事由は著るしく悪質かつ重大で、原告を企業から終局的に排除しなければならない程度のものということはできない。
4 右のとおりとすれば、本件解職処分は、その実質において懲戒処分にほかならないこと既に判断したとおりであるから、被告会社において、原告の将来を考慮したうえ、退職金の支給等で有利な取扱をうける就業規則第七〇条第一〇号に依拠して普通解職の途を選んだ点を考慮しても、原告の右所為に対する制裁としては均衡を失し重きにすぎるものといわねばならない。したがつて、本件解雇は懲戒権の濫用として無効のものである。
さらに、被告は、原告の所為は懲戒解職事由に該当しないとしても、右就業規則所定の普通解雇事由に該当するから、本件解雇は普通解職として有効である旨主張するが、原告の所為が同人を企業より終局的に排除するに足りる程度の事由と認められないこと先きに判断したとおりであるから、普通解職としてもやはり無効というほかはない。
五賃金、一時金の請求について<省略>
六むすび
以上の次第で、原告の請求は、原告に対する解職が無効である以上、その効力を争う被告に対し主文第一項のとおり原告が雇傭契約上の権利を有することの確認を求める点において正当であり、また、賃金、一時金の請求は主文第二項のとおり被告に対し別紙第一賃金等目録上欄記載の金員および右金員に対する同目録下欄記載の日の翌日から上欄各記載の金員支払ずみに至るまで民事法定利率、年五分の割合による遅延損害金ならびに昭和四七年六日以降毎月二五日限り金八八、二一八円の支払を求める限度において正当として認容すべきであり、その余の請求は失当として棄却すべきものである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、金員請求部分に関する仮執行の宣言は主文第三項(1)につき同法第一九六条を適用してこれを付することとし、同第三項(2)の将来の給付部分についてはこれを付さないこととして、それぞれ主文のとおり判決する。
(斉藤平伍 神田正夫 三島昱夫)
<別紙目録省略>